
監修者
木村太一 / 留学FACTORY代表
フィリピンの語学学校へ現地就職。その後、旅系YouTuberとして毎年10カ国を回る。現在は旅系YouTuberの活動と並行して、手数料ゼロの留学エージェント「留学FACTORY」を運営。フィリピン・セブ島を中心に留学をサポート。
留学を考えている社会人
『バコロドって「微笑みの街」って呼ばれてるらしいけど、要はのんびりした田舎ってことかな…』
こういった疑問に答えます。
先に言っておくと、この理解は外れています。しかも、けっこう気持ちよく外れます。
本記事は、フィリピン留学の行き先としてバコロドが候補に入っているものの、街のイメージが湧かなくて決めきれない社会人・大学生に向けて書いています。
先に結論から。
バコロド留学とは、フィリピン中部のネグロス島にある西ネグロス州の州都、バコロド市(Bacolod City)で語学留学することです。人口は2020年時点でおよそ60万人。19世紀後半から砂糖産業の中心地として発展してきた街ですね。
そのうえで、今日の学びを1つだけ先に置いておきます。
バコロドの「微笑みの街(City of Smiles)」という呼び名は、もともと陽気な人が多いからついた名前ではありません。バコロドがいちばん笑えなかった1980年に、それでも笑うと決めた人たちが、自分でつけ直した名前だと語られています。
なぜこれが留学の話になるのか。
環境が自分を変えてくれるわけではないからです。自分が決めた分だけ、環境が意味を持つ。留学も同じで、「行けば話せるようになる街」は世界のどこにも存在しません。決めて行った人が、結果を持ち帰るだけです。
バコロドという街の名前そのものが、その順番を示しています。だからこの記事は、そこから書きます。
なお僕は、海峡をはさんだ対岸のイロイロに約2年住んでいました。バコロドがあるネグロス島と、イロイロがあるパナイ島は別々の島で、あいだの海峡を高速船でおよそ1時間で渡れます。この距離感の話も後で出てきます。
先に、この記事で伝えたいことを2つだけ言っておきます。
1つは、バコロドは治安がいい街だということ。僕はこれまで10回ほど足を運んでいますが、街に張り詰めた空気がありません。なくしたiPhoneが手元に戻ってきた人がいるくらいです。
もう1つは、バコロドは意外と行きやすい街だということ。直行便こそありませんが、マニラからもセブからも国内線1本で入れます。「地方都市はたどり着くのが大変」というイメージは、バコロドにはあまり当てはまりません。
では見ていきます。
まず前提: バコロドは砂糖で栄えた州都で、行政上は州の外にいます
結論、バコロドは「砂糖」と「州都という二重の立場」の2つで性格が説明できる街です。
順に見ていきます。
まず砂糖のほうから。
バコロドが属する西ネグロス州は、フィリピンでも全国有数の砂糖産地で、「フィリピンの砂糖の首都(シュガーボウル)」と呼ばれてきました。バコロドは19世紀後半から、その中心地として発展した街です。
州都になったのは19世紀の後半、市制が敷かれたのは1938年です。つまりバコロドは、観光地として作られた街でも、経済特区として設計された街でもありません。一つの産業で富を築いた、産業都市の系譜にある街ですね。
ここが後の話につながります。一つの産業で栄えた街は、その産業が倒れたときに、街ごと倒れるからです。
もう1つが、州都という立場です。
バコロドは西ネグロス州の州都ですが、行政上は州から独立した「高度都市化都市」という区分に置かれています。州都でありながら、州の管轄の外にいる。ちょっとねじれた二重の立場なんですね。
小さな話に聞こえるかもしれませんが、これは「地方の一部としてのバコロド」ではなく「独立した都市としてのバコロド」という見方が、行政の側にも制度としてあるということです。
2024年6月、バコロドを含む「ネグロス島地域(NIR)」が新設されました
結論、2024年6月に共和国法12000号(ネグロス島地域法)によって「ネグロス島地域(NIR)」が新設され、西ネグロス州は西ビサヤ地方から分離しました。ネグロス島にある西ネグロス州・東ネグロス州と、シキホール州で構成される地域です。
バコロドは、この新しい地域の中心都市の一つになっています。
『いやいや、行政区分の話とか留学に関係ある?』と思いますよね。直接は関係ありません。ただし、間接的には効きます。
日本語で読める留学情報には、バコロドを「西ビサヤ地方の地方都市の一つ」として説明しているものもまだ見かけます。2024年の変更が反映されていないんですね。
つまり、あなたが今読んでいる「地方都市」というラベルは、少し古い前提で貼られている可能性がある。街の実像を見るときには、この時間差だけ意識しておくといいかなと思います。
「微笑みの街」の由来: 1980年、バコロドがいちばん笑えなかった年の話です
結論、バコロドの「微笑みの街」という呼び名は、陽気さの表現ではありません。1980年という一年に、この街が自分で選んだ態度の名前だと語られています。
1980年、バコロドと西ネグロス州に2つのことが起きました。
①砂糖価格の下落
1980年前後から世界の砂糖価格の下落が続き、砂糖に依存していた地域経済が大きな打撃を受けました。背景の一つには、アメリカで異性化糖(コーンシロップ)が広く使われるようになったことがあります。街の富の源が、遠い国の技術の変化で細っていったわけですね。
②フェリーMV Don Juan号の沈没事故
同じ1980年、フェリーMV Don Juan号の沈没事故が起き、多数の犠牲者が出ました。地域にとって、極めて大きな悲しみになった出来事です。
経済が崩れ、事故で人が失われた。バコロドにとって1980年は、笑うという言葉から最も遠い年だったはずです。
そのさなかに、市と地元の人たちは何をしたか。
市制記念日である10月19日に合わせて、「笑顔の祭り」を企画しました。これがマスカラ・フェスティバルの始まりで、第1回は1980年10月19日に開かれています。
「MassKara」は、mass(群衆)と kara(顔)を組み合わせた造語です。「たくさんの顔」、そして「仮面」を意味します。祭りでは、笑顔をかたどった仮面をつけて踊ります。
この祭りが成功して以降、「City of Smiles(微笑みの街)」という呼び名が定着したとされています。マスカラ・フェスティバル(マスカラフェスティバル)は、2026年8月時点でも毎年10月に開催されています。
順番を確認してください。
陽気だったから、微笑みの街と呼ばれたのではありません。笑えない年に、笑うと決めた。決めたあとで、その名前がついた。
僕はこの順番が、留学を考えている人にとってかなり重要だと思っています。
バコロドの街名の由来が、留学の設計にそのまま使える理由
結論、環境が人を変えるのではなく、自分が決めた分だけ環境が意味を持ちます。バコロドという街の名前の由来は、その順番をそのまま示しています。
留学の話になると、こういう言い方をよく聞きます。
「英語漬けの環境に行けば、話せるようになりますよね?」
気持ちは分かります。でも、順番が逆です。
環境が人を変えるのではありません。自分が決めた分だけ、環境が意味を持つ。同じ学校の同じ部屋に1ヶ月いても、持ち帰るものが人によってまったく違うのは、そのためですね。
バコロドという街は、その順番を名前で示している街です。街の名前の由来を、そのまま自分の留学の設計に使えるという意味では、けっこう珍しい行き先かなと思います。
繰り返しですが、「行けば話せるようになる街」は存在しません。決めて行った人が結果を持ち帰る。ここだけ持って帰ってもらえれば、この記事の役目は半分終わりです。
では、残り半分の実務的な話をしていきます。
バコロドへの行き方: 乗り継ぎ1回で着きます。マニラからもセブからも入れます
結論、バコロドは日本からの直行便こそありませんが、乗り継ぎ1回で着きます。2026年8月時点の話です。
ここは先に強調しておきたいところです。フィリピンの地方都市というと「たどり着くのが大変そう」と身構える人が多いのですが、バコロドは行きやすいほうの街です。
理由は2つあります。
①マニラとセブ、どちらの空港からでも入れること。日本からの便がどちらに着いても、そこから国内線に乗り継げば済みます。乗り継ぎ地を選べるというのは、航空券の取り方の自由度がそのまま広がるということですね。
②セブからは飛行時間が1時間を切ること。国内線で1本、しかも短い。地方都市への移動として、これはかなり軽いほうです。
国内線の所要時間の目安はこんな形です。
・マニラからバコロドまで、飛行機でおよそ1時間15分
・セブからバコロドまで、飛行機でおよそ50分から1時間
乗り継ぎ地は、日本からの便がどちらの空港に着くかで選べばOKです。
空港は隣の市にあります
結論、バコロドの空の玄関であるバコロド・シライ空港は、バコロド市内ではなく隣のシライ市にあります。市街地までは車でおよそ30分から45分ですね。
飛行機を降りてすぐ街、という距離感ではないということです。
移動手段としては、空港シャトルバン、タクシー、ホテルの送迎などが使えます。ただし語学学校に行く場合は、学校のピックアップが用意されていることが多いので、まずは申し込みのときに有無と対象時間を確認してください。
両替は、到着日に済ませようと気負わなくて大丈夫です。学校のピックアップを使うなら、移動でお金を使う場面はありません。両替の案内は翌日のオリエンテーションでまとめてあるのが基本で、教材購入や現地払いの費用もそこで扱われます。空港で慌てる必要はないということですね。ピックアップを使わず自分で移動する人だけ、連絡手段と配車アプリのために空港でSIMを契約しておくのがおすすめです。
イロイロへは高速船でおよそ1時間です
結論、2026年8月時点で、ネグロス島のバコロドと対岸のパナイ島にあるイロイロは、高速船でおよそ1時間で結ばれています。バコロド側の港はBREDCO港ですね。
これはバコロドという街を理解するうえで、地味に効く事実です。
バコロドは孤立した島の街ではありません。海峡をはさんで向かい合うパナイ島の地方中心都市イロイロと、船で日常的に行き来できる位置にあります。週末に船で対岸へ渡る、という選択肢が現実的な距離だということですね。
イロイロがどんな街かは、当ブログのイロイロ留学の記事にまとめてあります。砂糖を積み出した港がパナイ島のイロイロで、その砂糖を作っていたのが対岸のネグロス島。別々の島にある2つの街が、砂糖を通じて歴史的につながっています。両方読むと、ビサヤの地方都市の像がかなり立体的になるかなと思います。
バコロドの気候: 海沿いの低地なので、涼しくはありません
結論、バコロドは海沿いの低地にある街で、年間を通じて暑いです。ここは間違えやすいので、はっきり書いておきます。
『フィリピンの地方都市って涼しいんじゃないの?』と思った人。それはバギオと混同しています。
バコロドの暑さは、セブやマニラと同じ熱帯低地の暑さです。標高で気温が下がるタイプの街ではありません。「地方都市だから過ごしやすい」という期待で行くと、まず期待どおりにはなりません。
涼しさが目的なら、行き先はバコロドではなくバギオです。当ブログのバギオ留学の記事を読んでから決めてください。そこは山あいの街で、成り立ちからして別物ですね。
季節は、乾季と雨季が分かれるタイプです。
・乾季: おおむね12月から5月ごろ
・雨季: おおむね6月から11月ごろ
月の境目は年によって前後するので、幅を持って考えておくのがちょうどいいかなと思います。
なお、マスカラ・フェスティバルが開かれる10月は雨季の側に入ります。祭り目当てで時期を合わせる人は、そこだけ頭に入れておくといいですね。
バコロドの生活: モールもGrabも総合病院もあります。日本の公館はありません
結論、バコロドの生活インフラは、留学生活を送るぶんには揃っています。ただし日本の在外公館だけは、バコロドには置かれていません。
順に見ていきます。
買い物は大型モール3つでほぼ片づきます
バコロドには大型のショッピングモールが複数あります。SM City Bacolod、Robinsons Place Bacolod、Ayala Malls Capitol Centralといった施設ですね。
日用品、食料品、飲食、両替。このあたりは、どれかのモールの中で片づきます。地方都市を選ぶときに最初に心配されるのが買い物ですが、バコロドについてはあまり論点になりません。
移動はGrabとジプニーで回ります
結論、市内交通はジプニー、トライシクル、タクシーに加えて、配車アプリのGrabが使えます。
ジプニーは決まったルートを走る乗り合いの小型バス、トライシクルはバイクの横に座席を付けた三輪車のことですね。
留学生にとって効くのはGrabです。行き先をアプリに入力して呼ぶだけで済むので、言葉に自信がなくても使えます。夜の移動は、これがあるかどうかで安心感がかなり変わりますね。
医療は総合病院があります
結論、バコロドには総合病院があります。
留学中に体調を崩す可能性はゼロにできません。バコロドは西ネグロス州の州都で、ネグロス島地域の中心都市の一つです。島の中心都市であるという立場が、そのまま医療の受け皿の厚みになっていると考えていいかなと思います。
日本の在外公館はバコロドにはありません
結論、2026年8月時点で、フィリピンにおける日本の在外公館はマニラ・セブ・ダバオの3か所です。バコロドにはありません。
つまり、セブには日本の窓口があるけれど、バコロドには無いということですね。
これは不安を煽る話ではなく、街の規模感がそのまま出ている材料として書いています。公館が置かれるかどうかは、日本人の往来や在留の多さと無関係ではないはずですからね。バコロドにそれが無いという一点だけでも、セブとの差は伝わるかなと思います。
裏を返せば、日本語に逃げられる場面が少ないということでもあります。ここをどう受け取るかは、後の「向いている人」のところでもう一度整理します。
バコロドの語学留学環境: 大学付属型が軸で、国籍が分散しています
結論、バコロドの語学学校は大学付属型が軸で、大学の周辺に学生街ができています。
セブのような独立系の語学学校が林立する形とは、少し街の作りが違うんですね。大学があって、その周りに学生の生活圏がある。留学生も、その学生街の一員として暮らすことになります。
もう1つ、この街の特徴として言われるのが国籍構成です。
バコロドの留学生は、韓国・台湾・日本・中国が中心とされています。日本人だけで埋まる環境ではない、ということですね。
これは英語環境という意味では効きます。教室の外で共通語が英語になる場面が自然に生まれるからです。日本人同士で固まって日本語で1ヶ月を終える、という留学の典型的な失敗パターンを、環境の側である程度潰しやすくなります。
ただし1つ注意があります。国籍の比率は、学校ごとにも時期ごとにも動きます。ここを決め手にするなら、候補の学校が絞れた段階で直近の国籍比率を直接聞いてください。街の傾向ではなく、その学校のその時期の数字が効きます。
行政が、留学生の安全を議題にしている街です
結論、バコロドでは市の観光当局・警察・大学が連携し、語学留学生向けに警備を強化する取り組みが発表されています。定期的なパトロールや、夜間の警察補助デスクといった形ですね。
これは何を意味するか。
語学留学生の安全が、その街の行政の議題として扱われたことがある、ということです。街が留学生を「たまたま来ている外国人」ではなく、街の一員として数えている。だから体制を組む。
ただし、こうした取り組みが今も同じ形で続いているかどうかは別の話です。施策は入れ替わります。渡航が近づいたら、いまどうなっているかは学校に確認してください。
バコロドの治安: いい街です。ただし油断は禁物
結論、バコロドは治安がいい街です。
僕自身、これまで10回ほど足を運んでいますが、夜に出歩いていて身構えるような場面はほとんどありませんでした。街全体に張り詰めた空気がないんですよね。10回通って愛着がわいた、というのが正直なところです。
分かりやすい話を1つ。なくしたiPhoneが、手元に戻ってきた人がいます。実話です。落とし物が返ってくるというのは、それだけで街の空気を物語っているかなと思います。
先に書いた、市の観光当局・警察・大学が連携した警備の取り組みも、こういう空気とつながっているのかもしれません。
これ、地味に効いている事実だと思っています。語学留学生の安全が、街の行政の議題として扱われたことがあるということですから。留学生を「たまたま来ている外国人」ではなく、街が受け入れている存在として見ている。そういう街です。
実際に歩いていても、人が親切なんですよね。道を聞けば普通に教えてくれますし、こちらが外国人だからといって身構えられることもありません。10回も通ってしまったのは、たぶんこの空気のせいです。
とはいえ、油断は禁物です。ここは正直に書いておきます。
治安がいいことと、何をしても大丈夫なことは別の話です。貴重品を見せない。夜の一人歩きを避ける。移動はGrabで呼ぶ。この3つは、どんなに落ち着いた街でも変わらない基本です。
むしろ治安がいい街ほど気が緩みます。そこだけ気をつけてください。
バコロドの食: チキン・イナサルはネグロス発祥とされています
結論、バコロドを代表する料理はチキン・イナサル(chicken inasal)です。日本語ではチキンイナサルとも書きますね。
酢、カラマンシー、にんにく、しょうが、レモングラス、アナトーオイルに漬け込んだ鶏を、炭火で焼いたものですね。ネグロス発祥とされています。
留学中の食事は、思っている以上にメンタルに効きます。1ヶ月同じ寮の食堂で過ごしていると、外で食べる一食の価値が跳ね上がるんですよね。
その意味で、街に「ここでしか食べられないもの」があるのは普通に強いです。週末に食べに行く目的地があるだけで、1ヶ月の過ごし方は変わりますよ。
バコロド留学の費用: 「セブより安い」より先に、国内線の往復ぶんを数えるべし
結論、フィリピン留学の費用を大きく動かすのは都市ではありません。学校のタイプと部屋の人数(1人部屋か複数人部屋か)の2つです。
総額の感覚を先に置いておきます。
フィリピン留学1ヶ月(4週間・3食付きの学生寮に滞在し、往復の航空券と海外旅行保険まで含めた前提)の総額は、節約型でおよそ29万円、快適型でおよそ44万円が目安です。この15万円ほどの幅を作っているのは主に部屋の人数(1人部屋か複数人部屋か)と航空券の時期であって、バコロドかセブかという都市の違いではありません。
『でもバコロドって、セブより物価が安いんじゃないの?』と思いますよね。
ここは慎重に書きます。
生活費はセブより抑えられる、という方向で語られることが多いです。とはいえ、どの程度安いのかを数字で言い切れるほどの根拠はありません。割合や月額を断定している記事を見かけたら、その数字の前提を確認したほうがいいかなと思います。
そもそも留学の総額に占める生活費の割合は、そこまで大きくありません。中心は学費と寮費で、そこは学校の条件で決まります。だから「バコロドだから安い」という比べ方は、あまり意味がないんですね。
一方で、バコロド固有の要素は1つあります。
日本からの直行便が無いので、マニラかセブからの国内線に往復で乗ることになります。金額自体は大きくなくても、往復ぶんと乗り継ぎの待ち時間は最初から見込んでおくと、計算がずれません。
総額の目安と内訳を先に知っておきたい人は、当ブログのフィリピン留学1ヶ月の費用の記事を参考にどうぞ。
バコロド留学とセブ島留学の違いは、直行便と環境の濃さです
結論、この2つの違いは授業の形ではなく、街の条件に出ます。フィリピンの語学学校はマンツーマン中心という点が共通なので、比べるべきはそこではありません。
①アクセス
セブには日本からの直行便があります。バコロドは2026年8月時点で直行便が無く、マニラかセブで乗り継ぎます。しかも空港は隣のシライ市にあり、市街地までは車でおよそ30分から45分です。
②学校の数と選択肢の幅
セブは学校が集まっていて、予算・設備・タイプの組み合わせを幅広く選べます。バコロドは大学付属型が軸なので、選び方の幅はセブほど広くありません。条件が細かい人ほど、この差は効きます。
③環境の濃さ
セブは日本人留学生も在留邦人も多く、日本語の後ろ盾があります。バコロドは留学生の国籍が韓国・台湾・日本・中国に分散しているとされ、日本の在外公館もありません。英語漬けを求めるなら利点、安心を求めるなら注意点ですね。
繰り返しですが、どちらが優れているという話ではありません。利便性と選択肢の多さを取るならセブ島留学、環境の濃さと街の性格を取るならバコロド、という分かれ方です。
セブ側の1ヶ月が具体的にどう進むのかは、当ブログのセブ島留学1ヶ月の記事に週ごとで書いてあります。バコロドと迷っている人は、1ヶ月の中身を見てから街を選ぶほうが決めやすいですね。他の都市も含めて横並びで比べたいなら、当ブログのフィリピン留学の都市の選び方の記事のほうが早いかなと思います。
バコロド留学のメリット・デメリット: 決めて行けるかどうかで分かれます
結論、判断の軸は「決めて行けるかどうか」です。
バコロド留学が向いている人
・日本人一色にならない環境で、英語を使わざるを得ない状況を作りたい人
・治安の落ち着いた街で、腰を据えて生活したい人
・地方都市に興味はあるが、アクセスが悪すぎるのは避けたい人。バコロドは乗り継ぎ1回で入れます
・期間が1ヶ月以上あって、往復の乗り継ぎを許容できる人
・大学の周辺の学生街という、落ち着いた生活圏で過ごしたい人
・週末に対岸のイロイロへ船で渡るような動き方に惹かれる人
・自分の留学の目標を、行く前に自分で決められる人
バコロド留学が向いていない人
・1〜2週間の短期で、乗り継ぎと空港からの30分から45分を往復ぶん払いたくない人
・大学付属型以外を軸に、学校の候補を広く並べて選びたい人
・日本語で相談できる窓口が近くにある安心を、条件として外せない人
・涼しい環境を求めている人。バコロドは海沿いの低地なので、標高で涼しくなるバギオとは成り立ちから別物です
・「行けば何とかなる」という前提で留学を考えている人
最後の一行が、この記事でいちばん言いたいことです。
もう1つ、正直に書いておきます。半年以上の長期になると、バコロドは飽きる可能性があります。街としての愛着はわくのですが、娯楽の選択肢がセブほど多いわけではないからです。
対策はあって、対岸のイロイロや近隣の島へ週末に出る動き方を最初から組み込んでおくこと。あるいは3ヶ月ほどバコロドで英語環境に浸かってから、別の都市へ移るという組み方もできます。長期を考えている人は、この点だけ先に見ておいてください。
まとめ: バコロドは、決めて行った人にだけ意味を返す街です
今日1つだけ持ち帰るなら、これです。
バコロドの「微笑みの街(City of Smiles)」は、陽気だからついた名前ではありません。バコロドがいちばん笑えなかった1980年に、それでも笑うと決めた人たちが、自分でつけ直した名前だと語られています。
環境が自分を変えてくれるのではなく、自分が決めた分だけ環境が意味を持つ。
留学もまったく同じで、「行けば話せるようになる街」は存在しません。決めて行った人が結果を持ち帰る。ここを間違えないべし。
おさらいしておくと、バコロドはネグロス島にある西ネグロス州の州都で、人口は2020年時点でおよそ60万人。行政上は州から独立した高度都市化都市という二重の立場にあります。19世紀後半から砂糖産業の中心地として発展し、市制が敷かれたのは1938年。2024年6月には共和国法12000号でネグロス島地域(NIR)が新設され、西ネグロス州は西ビサヤ地方から分離しました。
行き方は、2026年8月時点で日本からの直行便が無く、マニラからおよそ1時間15分、セブからおよそ50分から1時間の飛行機で入ります。空港は隣のシライ市にあり、市街地までは車でおよそ30分から45分。対岸のイロイロへは高速船でおよそ1時間です。
気候は海沿いの低地らしく年間を通じて暑く、乾季はおおむね12月から5月ごろ、雨季はおおむね6月から11月ごろ。涼しさを求める人の行き先ではありません。
生活面では、大型モールが複数あり、配車アプリのGrabが使え、総合病院もあります。一方で日本の在外公館はありません。語学学校は大学付属型が軸で、留学生の国籍は韓国・台湾・日本・中国が中心とされています。ただし国籍の比率は学校と時期で動くので、決め手にするなら候補校に直接確認してください。
なお現地の情報や交通の状況は変わることがあるので、申し込む前に最新の内容を確認してください。
あらためて2つだけ。バコロドは治安がいい街で、地方都市のわりに行きやすい街です。乗り継ぎ1回で、マニラからもセブからも入れる。そのうえで、なくしたiPhoneが戻ってくるような空気がある。ここは自信を持っておすすめできます。
今日できるアクションも1つ。バコロドは、行ってから選び直しが効きにくい街です。学校の数が限られていて、日本語の窓口も近くにありません。
だから次の3つを、日本にいるうちに紙で確定させてください。
①滞在できる期間
②1人部屋か複数人部屋か
③乗り継ぎと空港からの30分から45分を許容できるか
この3つが決まった人にとっては、バコロドも十分に候補に入ってくるかなと思います。
留学FACTORYについて
僕たちが運営する留学FACTORYは、エージェント手数料ゼロで留学をサポートしています。
対応しているのはフィリピンを含む12ヶ国。フィリピン、アメリカ、カナダ、オーストラリア、マルタ、イギリス、ニュージーランド、アイルランド、フィジー、インドネシア、南アフリカ、カンボジアです。サポート範囲はカウンセリングから留学中、帰国後まで。海外・留学経験が豊富なカウンセラーが対応します。
「日本人が少ない環境で学びたいけれど、地方都市は不安」という段階のご相談も歓迎です。行けそうな時期と、留学で持ち帰りたいものを教えてもらえれば、街の考え方から一緒に整理します。
まずは気軽に、記事下のLINE無料相談からどうぞ。
よくある質問
バコロド留学とは何ですか?
フィリピン中部のネグロス島(Negros Island)にある西ネグロス州(Negros Occidental)の州都、バコロド市(Bacolod City)で語学留学することを指します。人口は2020年時点でおよそ60万人で、19世紀後半から砂糖産業の中心地として発展してきた街です。対岸のパナイ島にあるイロイロとは海峡をはさんで向かい合っていて、高速船でおよそ1時間の距離にあります。
西ネグロス州は全国有数の砂糖産地で、「フィリピンの砂糖の首都(シュガーボウル)」と呼ばれてきました。バコロドが州都になったのは19世紀後半で、市制が敷かれたのは1938年です。行政上は州から独立した「高度都市化都市」という区分にあり、州都でありながら州の管轄の外にいるという二重の立場を持つのが特徴ですね。また2024年6月には、共和国法12000号(ネグロス島地域法)によって新しく「ネグロス島地域(NIR)」が新設され、西ネグロス州は西ビサヤ地方から分離しました。バコロドはこの新しい地域の中心都市の一つになっています。語学学校は大学付属型が軸で、大学の周辺に学生街ができているのが街の作りです。
バコロドはなぜ「微笑みの街」と呼ばれているのですか?
1980年に、バコロドが自ら選び取った態度の名前だからです。陽気な人が多いからついた呼び名ではなく、バコロドがいちばん笑えなかった1980年に、それでも笑うと決めた人たちがつけ直した名前だと語られています。
1980年前後から砂糖価格の下落が続き、砂糖に依存していた地域経済が大きな打撃を受けました。背景の一つには、アメリカで異性化糖(コーンシロップ)が広く使われるようになったことがあります。同じ1980年にはフェリーMV Don Juan号の沈没事故が起き、多数の犠牲者が出ました。この二重の苦境のさなかに、市と地元の人たちは市制記念日である10月19日に合わせて「笑顔の祭り」を企画します。これがマスカラ・フェスティバルの始まりで、第1回は1980年10月19日に開かれました。「MassKara」は mass(群衆)と kara(顔)を合わせた造語で、「たくさんの顔」「仮面」を意味します。祭りでは笑顔の仮面をつけて踊ります。この祭りの成功以降、City of Smiles(微笑みの街)という呼び名が定着したとされています。祭りは2026年8月時点でも毎年10月に開催されています。順番が大事で、陽気だったから微笑みの街になったのではなく、笑うと決めたあとで名前がついたということですね。
バコロドへの行き方は? 日本から直行便はありますか?
2026年8月時点で、日本からバコロドへの直行便はありません。マニラまたはセブで乗り継ぐことになります。所要時間の目安は、マニラからおよそ1時間15分、セブからおよそ50分から1時間です。
乗り継ぎ地は、日本からの便がどちらの空港に着くかで選べばOKです。もう1つ知っておいてほしいのが空港の位置で、バコロド・シライ空港はバコロド市内ではなく隣のシライ市にあります。市街地までは車でおよそ30分から45分です。移動手段は空港シャトルバン、タクシー、ホテルの送迎などがありますが、語学学校に行く場合はピックアップが用意されていることが多いので、申し込みのときに有無と対象時間を確認してください。両替は、到着日に済ませようと気負わなくて大丈夫です。学校のピックアップがあるなら移動でお金を使う場面はありませんし、両替の案内は翌日のオリエンテーションでまとめてあるのが基本です。教材購入や現地払いの費用もそこで扱われます。なお対岸のパナイ島にあるイロイロへは、BREDCO港から高速船でおよそ1時間で渡れます。
バコロドの気候はどうですか? 涼しいですか?
バコロドは涼しくありません。海沿いの低地にある街で、年間を通じて暑いです。暑さの質はセブやマニラと同じ、熱帯低地のものだと考えてください。
「フィリピンの地方都市は涼しい」というイメージを持っている人は、たぶんバギオと混同しています。バギオは山あいの街なので涼しいのですが、バコロドは標高で気温が下がるタイプの街ではありません。涼しさが目的なら行き先はバコロドではなくバギオなので、当ブログのバギオ留学の記事を読んでから決めてください。季節は乾季と雨季が分かれるタイプで、乾季はおおむね12月から5月ごろ、雨季はおおむね6月から11月ごろです。月の境目は年によって前後するので、幅を持って考えておいてください。なおマスカラ・フェスティバルが開かれる10月は雨季の側に入るので、祭りに合わせて時期を組む人は頭に入れておくといいですね。
バコロドの治安は良いですか? 生活は不便ではありませんか?
治安は良いです。生活の便利さについても、留学生活を送るぶんには揃っていると考えて大丈夫かなと思います。
バコロドでは市の観光当局・警察・大学が連携して、定期的なパトロールや夜間の警察補助デスクといった形で、語学留学生向けに警備を強化する取り組みが発表されています。語学留学生の安全が行政の議題として扱われたことがある街だ、という言い方はできますね。ただし施策は入れ替わるので、今も同じ形で続いているかどうかは学校に確認してください。僕自身10回ほど足を運んでいますが、バコロドは治安がいい街です。なくしたiPhoneが手元に戻ってきた人もいるくらいで、落とし物が返ってくる空気があります。ただし油断は禁物で、貴重品を見せない、夜の一人歩きを避ける、移動はGrabで呼ぶ、この3つはどんなに落ち着いた街でも変わらない基本です。生活面では、大型ショッピングモールが複数あり、日用品・食料品・飲食・両替はモールの中でだいたい完結します。市内交通はジプニー、トライシクル、タクシーに加えて配車アプリのGrabが使えるので、夜の移動はGrabで呼ぶのが安心です。総合病院もあります。一方で、日本の在外公館はバコロドにはありません。2026年8月時点で公館があるのはマニラ・セブ・ダバオの3か所で、バコロドには置かれていないということですね。
バコロド留学の費用はいくらくらいですか? セブより安いですか?
フィリピン留学1ヶ月(4週間・3食付きの学生寮に滞在し、往復の航空券と海外旅行保険まで含めた前提)の総額は、節約型でおよそ29万円、快適型でおよそ44万円が目安です。この15万円ほどの幅を作っているのは主に部屋の人数(1人部屋か複数人部屋か)と航空券の時期で、バコロドかセブかという都市の違いではありません。
生活費については、セブより抑えられる方向で語られることが多いです。ただし、どの程度安いのかは断定できません。そもそも留学の総額に占める生活費の割合はそこまで大きくなく、中心は学費と寮費です。そこは学校の条件で決まります。バコロド固有の要素を1つ挙げるなら、2026年8月時点で日本からの直行便が無いことです。マニラかセブからの国内線が往復で乗るので、その分と乗り継ぎの待ち時間は最初から見込んでおくと計算がずれません。まず学校のタイプと部屋の希望を決めて、そのうえで街の条件を見る。この順番のほうが、総額のブレは小さくなりやすいです。
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